あるわけないだろ!(Say it louder)

 うちのお父さんは大手マスコミの幹部で、政治や経済の世界にも顔が利く、いわゆる権力者である。僕はお父さんのことを心からリスペクトしている。
 お父さんの口癖は「あるわけないだろ!」とひときわ大きな声で言うことだ。お父さんのような迫力のある容姿の人間がこの言葉を言うと、たいていの人間が沈黙する。今でこそ現場にはいないが、昔はよく政治家の記者会見などにも出席していたようで、この「あるわけないだろ!」というセリフでフリーランスの記者たちを黙らせてきた。お父さんが「あるわけないだろ!」と怒鳴ると、その場は凍る。そこでお父さんが政治家の先生方に優しい声で質問をすると、政治家の先生方は本当にホッとしたような表情になる。みんな「いい質問ですね」と言っていたから、お父さんが考える質問はいつも他の記者よりも優れていたのだろう。
 お父さんはよく言っていた。「フリーランスの人間たちは取るに足らないチリのようなものだ。ああいう奴らは俺たちのような力のある人間が一瞬で潰してあげるに限る」と。アイ、アグリー。僕も心からそう思う。フリーランスの人間を見ていると、なんでこういう力のない人間が、これ見よがしに自分の考えを語っているのだろうかと思い、虫唾が走るのだ。君は何の力もないんだよ! 黙って家に帰ってアルバイトでもしてな!って言ってやりたくなる。金や力のない人間の遠吠えというのは、見ていて気持ちのいいものではない。
 僕は小さい頃からお父さんに憧れて「あるわけないだろ!」を連発してきた。たとえば臆病そうな教師が「この窓の柵から落ちてしまうと危ないから近づかないように」と言うと、僕は「あるわけないだろ!」と大声で怒鳴る。すると、たいてい教師は黙りこくる。僕のお父さんがいかに大きな力を持っているか知っているというのもあるが、僕の剣幕に気おされてしまうのだろう。
 友達にも僕はこのセリフを使って恫喝する。僕は仕切るのが大好きだから、反論してくる輩が憎くて憎くて仕方がない。たとえば、「でもそれってさ…」なんて反論してくる者がいれば、僕は「あるわけないだろ!」と大声で言えばそれで終わり。目障りなのだ。一度でも反論した奴とは二度と付き合わないし、イジメの標的にしてしまえばいい。あまりに目に付くようだったら、お父さんの力を使って退学させてしまえばよい。
 僕が「あるわけないだろ!」と大声で言うことで、素直な目をした奴らは反抗の芽を摘まれ、たいてい頭がポーッとしたような表情になり、思考が停止した状態になる。きっと彼らだって、本当は生きる上でのリスクなどは考えたくないのだ。見て見ぬふりをして、のほほんとのんびり暮らしたいだけなのだ。僕はあくまでも、そういった彼らの後押しをしているだけだ。ただ、彼らがあんまりポーッとしているのを見ていると、僕はこの言葉さえあれば、総理大臣どころか、世界を牛耳るような存在になれるのではないかと思ってしまう。昨日、お父さんにそのことを話したら「お前ならできる」と笑ってくれた。
 僕の夢は、とにかく自分が正しいと思うことをやり続けて、人民のみんなが黙ってそれに従いながら付いてきてくれることだ。もしもどこかで反論してくるような不届き者がいれば、僕が「あるわけないだろ!」と言えばいい。そう、「あるわけないだろ!」と言えば、あるわけは絶対にないのだ。