俺は日本人だ! 文句あるか!

 高校2年生の菊沢康二が裏山を散歩していると、ボロボロになった1冊の本を見つけた。『未来の日本人へ』というタイトルのその本を読み始めると、いきなり驚くべき事実が飛び込んできた。2067年現在の日本の人口は3000人であるが、なんとその昔は1億2千万人もの人間が生きていた時代があったというのだ。
 今でこそ、人口密度が最も少なく、自然の楽園と呼ばれる日本にそんな人間だらけの時代があったなんて……。菊沢が続きを読むと、それはあまりに信じられない話の連続だった。
 本によると、2028年に世界中でトプコという伝染病が大発生した。最初はヨーロッパから始まっていたため、当初日本人は「どうせ外国の話でしょう? 私たちには関係ないわ」と言って全然対策をとらなかった。しかし、やがてトプコに感染した1人目の日本人が日本国内で確認されると、日本中が大パニックになり、輸入食品を避け、歩くときは必ずマスクをするようになった。だが感染力の強いトプコはそんな安直な防御法では防げず、1人が20人に、20人が2000人となり、瞬く間に感染者は日本中に広がっていった。
 すると、最初はあれだけトプコを怖がっていた日本人に顕著な変化が現れ始めた。これだけ多くの人がすでに感染してしまったのだから、怖がる必要はないという空気だ。いつのまにか、街にはマスクをする者はいなくなった。マスクをしていると、「神経質すぎる」「自分だけ助かろうと思って勝手な奴だ」と言って非難されるようになった。
 国内の犠牲者はうなぎ上りに増え、すでに数百万人の人がトプコのために命を落としていたが、政府や病院関係者は何も対策をとろうとはしなかった。海外ではすでにワクチンが開発されていたのだが、これらの提供も断っていた。下手に対策をとると、トプコは危ない病気であると認めたことになるからだ。政府や自治体は「トプコは絶対に安全である」と言い続け、人々はそれを信じた。テレビのCMでは、芸能人たちが「トプコは気合いで治せる! みんなで力を合わせて頑張ろう!」と言い続けた。
 しかし、いくら精神力の強い日本人の大和魂を持っても、トプコに対抗することはできなかった。一時は1億2千万人いた日本人は、なんと150人に減少してしまった。まさしく1億総カミカゼ状態。こうして世界でトプコの猛威が収まった後に、海外に逃亡していた日本人が帰国することで、少しずつ再び人口が増えていったというわけだ。
 海外から帰国した日本人たちは、トプコの悲劇を二度と繰り返さないために、教科書に載せて次の世代に伝えていこうと提案した。しかし、日本に居続けた150人はこれに猛反対。トプコの事実はあらゆる教科書から削除され、日本に人口が1億2千万人いたこともなかったこととされた。彼らは自分たちがトプコに対して何の対策もとらなかったことを絶対に認めたくないのだった……。
 菊沢はそこまで読んで、本の裏表紙を見ると、「禁書」と書かれていて納得した。このようなデマを書いた著者に怒りがメラメラとこみ上げてきた。日本人がそんな愚かな振る舞いをするとは、とても考えられないからだ。このようなデマが他の日本人に読まれると混乱をきたすと思い、菊沢はポケットに入れていたライターでその本を燃やした。いいことをした自分に酔い、「俺は日本人だ! 文句あるか!」と歌いながら家路に着いた。