あの蚊力発電所事故がもたらしたもの

 この50年間、発電に関する議論は1回りも2回りもし、やはり蚊力発電がコスト的にも安全的にも優れているだろうというところに落ち着いていた矢先、あの事故は起きた。蚊力発電は地震にも津波にも強く、しかもたとえ事故が起こっても、放射性物質のような危険なものが漏れないため心配がない、絶対安全と言われていたのにだ。
 ここで日本が蚊力発電大国になった経緯を簡単におさらいしよう。原子力はとうの昔に時代遅れとなり完全に世界中から消滅したのち、世界中で自然エネルギー革命が起こった。どこの国も頭脳を戦わせ、その10年前には想像もつかなかったような技術が次々と導入されていった。しかし、人間というものは際限のない欲望を持っており、もっともっと効率的で人類のためになるような発電を、という声に答えて登場したのが蚊力発電だ。蚊力発電とは読んで字のごとく、蚊を燃料とした発電であり、いわばバイオエタノールの代わりに蚊を使うようなものである。人類が誕生して以来、どこの国でも蚊が嫌われてきたということもあり、人々は「あの憎き蚊を平和利用に」という耳障りのいい言葉に踊らされ、この世から蚊を殲滅するためにはと、多くの賛同が得られた。何よりも蚊の繁殖力は強く、しかもよく燃える。これ以上ないほどの燃料を人類は発見したのだ。日本ではいち早くその技術に着目し、世界中に蚊力発電の技術を輸出していった。この時代の好景気は「蚊発景気」と呼ばれていたほどだ。
 そんななかで起こったのが、あの埼玉県熊谷市蚊力発電所の事故だ。ここの蚊力発電所は危機管理体制が杜撰であると、世界から警告をもらっていたのにもかかわらず、とある人為的なミスによって大事故が起きてしまった。電力会社と政府は最初、蚊が漏れ出しても健康に問題はない。あくまでもただの蚊であると言っていたが、漏れ出した蚊の量が尋常ではなかった。人間が年間に蚊に刺されていい回数は250回であると言われている。しかし、この熊谷蚊発から漏れ出した蚊の量は50京だというのだ。もしこの蚊が街に溢れた場合、人々の日常生活は完全に麻痺し、1平方メートルあたり2万匹の蚊と同居しなくてはならなくなる。そうなると、人間は呼吸もできず、蚊が臓器に溜まり、様々な病気を引き起こすのだ。人類はここまでの蚊力発電所事故を経験したことがなかったため、蚊と病気の因果関係はないと言い張った。しかし、事故から3年が経ち、5年が経つと、明らかに蚊が原因と見られる病気が次々と現れたのだ。蚊力発電で使っている蚊は、熱への耐性ができており、自然界に存在する蚊とは構造が全く違う。電力会社から研究費をもらっている学者たちは、自然界にも蚊はいるし、東南アジアやアフリカの国ではこの10倍もの量の蚊がいると言って安全を強調したが、発電所で使う蚊が自然界の蚊と違うと証明され、彼ら学者は訴えられることになった。
 海外からの非難もすごかった。熊谷蚊発から漏れ出た蚊は、世界中を飛び回り、世界中の蚊と交尾し、人類が抗体を持っていないような新種の蚊が次々と誕生した。これにより世界中に被害が広がったことで、日本政府は多額の賠償金を請求されるようになった。政府はエネルギー政策の方向転換を迫られ、時の総理大臣が「将来は蚊力発電に頼らない国にする」と事実上の脱蚊発宣言を行った。
 しかし事故は20年経った今も全く収束する気配はない。熊谷からは蚊が漏れ続け、人々は蚊を恐れるばかり、顔も手も足も完全防護して外を歩かなくてはならなくなった。家の中にいるときも蚊帳は絶対に欠かせない。
 反蚊発団体は「生命を軽んじた罰だ」と言い、政府を批判した。街中では毎日のように反蚊発、脱蚊発デモが行われ、世論調査でも蚊発からの撤退に賛成する人間が、80%を占めている。それにもかかわらず、今でも水面下では、蚊発を推進する経産省の逆襲が刻々と進められているという。