機動戦士ガン

 スポンサー企業からの「強い日本を象徴するためにも“簡単に敵に負けず”、少子化が進む日本というイメージを打破するためにも“異常な繁殖力がある”ヒーローを」という要望に応えて僕が作り出したヒーロー。ほんの冗談半分で企画書を書いたのに、それが世界中を巻き込んだヒットとなろうとは、世の中わからないものである。
 僕は今、機動戦士ガンの生みの親としてあらゆるメディアからカリスマとしてもてはやされている。それまでは売れない企画屋兼アニメ作家で、僕の名前なんて誰も知らなかったというのに。
 僕がデザインした機動戦士ガンは、決してカッコいいデザインではない。その名のごとくガン細胞をモチーフにしているから、その形状はグロテスクで、今までの常識だったら確実に悪役で、1話で倒されていたようなザコキャラだ。最初はスポンサー企業での会議でも9割方が反対したという。こんな気持ち悪いロボットを子供たちが喜ぶわけがないと。しかし、そこでひとり山西社長だけは「絶対にこれは当たる」と言って引かなかった。その決断は正しかったというほかない。
 機動戦士ガンがヒットした理由のひとつに、人々の高まる健康への不安といったものがあった。もちろんその筆頭にあげられるのが日本人の死因のナンバーワンであるガンである。人々はこれまでガンという病気を恐れて生きていたが、もう恐れることにも疲れてしまっていたのかもしれない。今ではその恐怖がひと周りして、皮肉にもヒーローとして崇めたほうが楽だという思考が生まれてしまったようだった。
 日本は少子化国家であるというイメージも見事に払拭することができた。機動戦士ガンはすさまじいスピードで繁殖するため、だいたい1話に8万体増える。第1シリーズでは最終回のときに65億体に増え、全機を映した画面には分子レベルの大きさで機動戦士ガンたちがひしめきあっていた。これら65億体には全て名前があり、コレクターはすべて記憶しているというから驚きだ。調子に乗ったスポンサーは劇場版を制作するときに、1京体まで増やそうと言った。僕はそれは無茶ですと反論したが、これが当たりに当たった。世界中にはファンサイトや謎解きサイトが溢れ、それら1京の機動戦士ガンの中での人気キャラのランキングが作られている。中には勝手にスピンオフ作品を作って動画サイトで流しているものもある。
 こういったことから、世界の人々は「日本人=機動戦士ガン」というイメージを強く持つようになった。日本人は他人からこうであると思われるとそれに応えようとする民族である。やがて機動戦士ガンのように子供をもっと作らなくては!という意識にかられたのか、一気に世界一の多産国家に躍り出た。これにより国力は増し、機動戦士ガンは日本復興の象徴として各県に銅像が建てられた。僕は日本を救った偉人として国民栄誉賞もいただいた。
 ただ、こんなに成功を収めた僕にも不安はある。現在テレビでやっている機動戦士ガンはシーズン5に突入しているが、どうやって最終回を迎えたらいいのかわからないのだ。わかりやすく言うと、機動戦士ガンを倒せる相手というものが想像できない。しかもシリーズ最新作の機動戦士ガンUCでは機動戦士ガンの数は50京にも増えている。このような途方もない数のロボットを倒せる相手がどこにいるだろうか? 僕はもしかしたら人類が決して触れてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。疑いもなく熱狂している国民を見ているとますますそう思うのだ。たまに失踪して、「あれは全部ウソでした!」とチャラにしたい欲望にも駆られるが、もはや機動戦士ガンは僕の手を離れてしまった。あらゆる関連会社が設立され、様々な利権にまみれ、機動戦士ガンのうまみで食べている大人たちが大勢いるのだ。こうなった以上、後戻りはできない。このまま続けざるを得ないのである。