僕はテクノを知らない

 1日限定で当日払いの倉庫整理のアルバイトで知り合った女の子の名前はミチルと言った。漢字でどう書くのかは知らない。ただミチルは自分のことをミチルと呼ぶ子で、初めてペアを組まされたときは自己主張が強そうでなんとなく面倒くさそうだなあと思ったのを覚えている。
 ただミチルの顔はドラミちゃんによく似ていて僕の好みだった。僕は昔からドラミちゃんが大好きで、下敷きやら筆箱をドラミグッズで揃えていたことがある。周りからは気持ち悪いと言われたが、ウケ狙いでやっていたところもあった。
 まあとりあえずドラミの話はこれくらいにしておいて、僕はどうにかしてミチルと仲良くなりたいと思い、話を合わせることにした。まずはお互いの住んでいる街の話になり、ミチルは高円寺という街に住んでいるとのことだった。僕は千葉県の外れに住んでおり、高円寺なんて行ったこともなかったが、とにかく話を合わせようと必死だったから「高円寺ってなんかいいよね」の一点張りで話を合わせることができた。
 続いて好きな食べ物の話になり、ミチルはマカロンが好きとのことだった。僕はマカロンが何だかわからなかったが、またも「マカロン美味しいよね」で切り抜けた。会話を進めていくうちにマカロンはフランスのお菓子らしいということがわかり、深追いしていたら危うく墓穴を掘るところだった。最初マカロンと聞いたときは、何を思ったか外国産の根菜のようなものをイメージしていたからだった。
 住んでいる街と好きな食べ物の話が終わると、ミチルは「けっこう好みが似てるね」と呟いた。正直、僕は心をつかんだと確信した。ミチルはそれまでの会話の流れに気分を良くしたのか、目をらんらんと輝かせて好きな音楽は何かと聞いてきた。僕は音楽に全然詳しくないから「うーん、そうだな。いろいろあるから決められない。ちょっと待って」と時間稼ぎをし、「ミチルさんは?」と先に相手に答えさせようとした。すると、ミチルは「テクノ」という単語を発した。
 僕はうろたえた。テクノって響きは1、2回なんとなく耳にしたことがあったかもしれないが、どういう音楽だか全く予想がつかないからだ。ただここで話を合わせないと今までの努力がみんなパーになると思い、「あ、俺もテクノ好きだな」と言った。ミチルはその言葉を聞くと、待ってましたとばかりに「やっぱり? そんな雰囲気してるなって思った。誰とか好き? ○○とか? ○○とか?」○○の部分は外国人の名前だったから覚えていない。しかもなんとかヴァンなんとかとか、一度聞いても覚えられない名前だったばかりに復唱することもできずに「俺も俺も」と言うことが精一杯だった。
 ただラッキーなことに、ミチルはテクノのことを語ることに夢中になったからか、こちらには全然質問をしてこなくなった。○○のビートがどうだとか、○○の音使いがどうだとか、まるで意味がわからない話をえんえんとしていた。
 話しているうちに、どうやらテクノとは踊る音楽らしいということがわかってきたので、僕はミチルの熱弁を聞きながら、頭の中に盆踊りのようなイメージを描いていた。きっとミチルは休日になると浴衣に着替えて、近所の村祭りのような催しに出かけて踊るのだろう。設営されたステージには、テクノを演奏するミュージシャンたちが何人も座り、ピーヒャラピーヒャラドンドンとやるのだろう。僕はぜひミチルと休日にそんな祭りに出かけてみたいと思い、思い切って「ミチルさん、今度テクノが演奏されるお祭りがあったら浴衣を着て一緒に行こうよ」と言った。ミチルは何か変だなという表情をしたが、「いいね」と言ってくれた。