ビジネスのふり

 海外旅行が趣味の勝彦は大学を卒業して以来、日雇いアルバイトをして金を貯めては海外に長期旅行へ出るという生活を続けてきた。しかし、20代の頃だったらちょっと元気な冒険野郎として周りからもチヤホヤされたが、35歳も過ぎると親や友達から心配されるようになった。特に勝彦の親はとある地方の名士であり、息子がフリーター同然の生活をしていることをネチネチと責め続けてきた。地元の有力企業や役所に就職できるコネの話も持ってきたが、勝彦は断った。
 3年に1回ほど勝彦は実家に帰る。あるとき帰ったときに、あまりに親からの攻撃が疎ましくなった勝彦は、旅行で訪れた国でビジネスチャンスを見つけたと口走ってしまった。すると意外なことに親は喜んだ。自分の息子が海外と日本を股にかけてビジネスをしている姿が彼らにとっては誇りに思うらしい。その夜、父親と母親はすぐに友人や親戚に電話して、「うちの息子が最近は海外でビジネスを始めてな」と自慢した。それを聞いて勝彦は少し申し訳ない気もしたが、これで堂々と海外を放浪できると喜んだ。
 だがしかし、現実的にはビジネスチャンスなど欠片もなく、ただ漫然と海外をフラフラ旅行しているだけである。もちろん日雇いのアルバイトを未だに続けていることは親に隠してある。日本を出発するときだけ、「今回はインドとネパールで商談がある」と親に伝える。すると、親はご近所に「今、息子がビジネスでインドとネパールに行っていてオホホ」とふれて回るというわけだ。
 これはビジネスのふりでしかない。勝彦にはわかっているし、いつまで続けていいものかとも不安にもなる。でもこの嘘を徹底的に突き通すのも親孝行ではないかと思うのだ。