味オンチ、顔オンチ(目たまご症候群についての症例)

 まずは自己紹介させていただきます。松木麻奈美、27歳。仕事は建築デザイナーをやっております。私は生まれつき、人間の顔を上手に認識することができません。普通の人は髪の毛があって、目があって、鼻があって、口があって、アゴがあるというふうに顔を見ているのかもしれませんが、私はそういった器用なことはできません。ではどういうふうに見えるのかというと、人の“目”にしか注意が行かないのです。鼻とか口とか他のパーツがあることはわかります。ただ、目しか認識できないのです。
 ドラえもんひみつ道具の中に「石ころぼうし」ってありましたよね。あれは姿を消すのではなく、その人のことを石ころとしか認識しなくなる道具です。私の目もこれと同じようなもので、人の顔は目としか認識できません。しかもどういったわけか、その目がタマゴに見えてしまうのです。不思議でしょ? 私が食べるタマゴも、こうして見渡している皆さんの顔も、どちらも同じようにタマゴに見えます。怒らないでくださいね。これは事実なのですから仕方ありません。
 このような症状を、医学的には「目たまご症候群」と呼ぶそうです。確率的には7000万人に1人という天文学的な数字だそうです。
 私がこの症状を持っているゆえにどういったデメリットがあるかというと、やはり接客業ができないということですよね。大学を卒業した際に、ふとした気持ちで受けてしまった化粧品会社からの内定をいただきましたが、やはり人の顔を見て製品の良し悪しを判断する職業ですから、やはり私にはできないと思い辞退しました。で、何が私にできるかということを考えた結果、こういった建築デザイナーという仕事についたわけです。この仕事はほぼ図面との戦いのため、顔とタマゴの見分けがつかないことはそんなに苦になりません。主要取引先の人にはきちんと説明しておけばわかってくれますから。そういった意味では、あまり私生活には支障がないとも言えますよね。
 ただ、友達の女の子たちと、男の子の顔についての話題をするときは本当に困ってしまいます。「あの人、カッコいいよね」なんて同意を求められても、私にはタマゴにしか見えないのですから!
 味覚にも味オンチという言葉があるように、私は完全に顔オンチなんだと思います。今の旦那はもちろん顔ではなく、性格と声、雰囲気がいいなーということでお付き合いすることになりました。友達からは「なんであんなヤマアラシみたいな男と」と首をかしげられましたが、私にとってはヤマアラシも男性アイドルも同じタマゴなのです。
 このように私が人前に立って自分の症例を話すことで、「世の中の全ての顔は、それが顔ではないように見えている人もいる」ということをわかっていただければ嬉しいです。本日はご清聴いただきありがとうございました。(拍手)