おもしろい人狩り

 私が憎くて憎くてたまらないものの話をします。それは、おもしろい人です。
 おもしろい人。あなたたちの周りにもいますでしょう。「あの人、おもしろい人だよね」と言われている人。私はああいう人たちが憎い。本当に憎い。腐ったオクラで作ったスープで原型をとどめなくなるくらいネチャネチャに溶けるまで煮込んでやりたいほど憎い。
 私は幼少の頃から、勉強もスポーツもオシャレも頑張ってきました。その努力の甲斐あって、そこそこの数の男子から告白されたりもしました。有名私大に入ることもできたし、高校の頃はとある部活でインターハイの寸前まで行くことができました。私は親からも先生からもできる子だと言われて育ってきたのです。だがしかし、だがしかし、そんな私の血のにじむような努力を一瞬にして水の泡にしてしまう人種がいます。それが、おもしろい人たちなのです。彼らは何の前触れもなく私の前に現れ、私の人生を愚弄していきます。注目も、好意も、興味も、人々のありとあらゆるポジティブな感情を持っていってしまうのです。私があれだけ時間と労力をかけて、ようやくほんの少しだけ得ることをできたものを、なぜあなたは一瞬で奪い去ってしまうの?
 私は大声で反論したい。おもしろい人って何? そんな曖昧な定義でありながら、どうして学歴や運動神経、ファッションセンスやお金という目に見える価値観の数々を崩壊させることができるの?
 私だって、何度かおもしろい人に憧れて、なってみようと思ったことはありますよ。でも、どこから手をつけていいのかわからないんです。誰も定義やマニュアルをくれないからなのです。ある日、何万回生まれ変わったっておもしろい人になれないと気づいた私は彼らに復讐することを決めました。私があなたたちに振り回されてきた時間と、このとめどなく溢れる哀しみに対する復讐です。
 おもしろい人のターゲットは、それがおもしろい人とされるなら、私はどこへでも行きます。最初は学校のクラスメイト、続いては仕事の同僚、人づてに聞いた友人の友人といった具合にどんどん活動範囲を広げていきました、今では道端を歩いていて「○○ちゃんっておもしろいね」という会話を耳にしたら、その後に用事があってもキャンセルして、尾行して狩りますし、インターネットのブログやSNSなどで、誰かが誰かを「おもしろい」という形容詞で褒めていたときは、何が何でもその人物の住所を特定して、確実に仕留めます。
 狩る方法はその時々の私の気分によります。凶器などを使って相手を物理的に傷付ける場合もありますし、墨汁や果汁をぶっかけて相手の衣服やプライドを汚す場合もあります。そこで相手が、私の行為を笑いに変えて、自分の土俵に引きずり込もうとしようものなら、私は絶対に許しません。徹底的に相手が「ごめんなさい」と謝るまで攻撃し続けますし、相手がシリアスな顔で怯えるのを見るのがうれしくて仕方ありません。どうだ見たことか、これが世間がおもしろい人だと言って持ち上げている人間の正体だよと。
 こういった活動に人生の全ての時間を捧げているお陰で、私にはずいぶんと友達が減ってしまいました。でもいいんです。こんなに充実した日々は、私の人生には一度も訪れたことはなかったのですから。でも時々、私は28歳にもなってこんな行為をしていて、いつまで続けるのだろうかと疑問に思うときがあります。多分、私がこのおもしろい人狩りをやめるのは、誰かが私のことを「おもしろい」って褒めてくれたときでしょうね。