雑菌だらけのアイラブユー

 中学の頃から8年間想い続けてきたタカダ君から愛を告白された。私は正直、面食らった。タカダ君との間柄は、もうこのまま、一生片想いで落ち着いていくものだとばかり思っていたからだ。
 それと、私には決定的に人間として欠けているものがあった。病的なまでの潔癖症なのだ。それに気づいたのは、高校1年生の頃だった。同級生のマサミが毎朝、私の肩を「おはよう! アスカ!」と叩いてくるのに耐えられなくなり、2ヵ月も入院してしまったのだ。そのとき私はなぜ自分が倒れたのか理由がわからなかった。医者もわからなかったようで、2ヵ月毎日首をひねったのちに退院させられた。「おそらく精神的なものでしょう」とのことだった。
 私が学校に復帰すると、マサミは私めがけて「ひさしぶりー」と言って近づいてきた。私にはそれがスローモーションのように見え、再び気を失ってしまった。気を失う瞬間、私は人から触られるのが嫌なんだということに気づいた。そして学校を自主退学した。
 その後、私は近所のコンビニでバイトしながらダラダラと年をとっていった。バイトも7年目となり、店長の次の古株になったとき、大学生となったタカダ君がアルバイトで入ってきた。「おう、ヨシノ」彼の久しぶりの第一声はこれだった。心臓が口から飛び出そうになった。私は中学、高校とタカダ君と同じで、タカダ君のことを想い続けてきたからだ。高校を退学するとき、タカダ君と会えなくなるのだけは寂しいなと思った。いつかもう一度会いたいなと思っていた。それがこんな形で叶うことになるとは。
 私はバイトリーダーとしてタカダ君に色々と実務的なことを教えた。タカダ君は見かけによらず不器用で、レジの打ち方もままならかった。私はそんなタカダ君を可愛いと思った。実務的なことを教えていると、必然的に身体も近くなる。でも、私は他人との距離が30cmを切るか、地肌に触るかすると意識を失ってしまうため、なんとしても距離を保ち続けた。それはとても不自然に映ったに違いない。
 もちろん私は客とも触れ合わない。薄い透明の手袋をしているため、釣り銭を渡すときも相手の手に触れなくてすむ。たまに「その手袋、何?」と好奇心をむき出しにした客に出会うこともあるが、「病気なので」と言うと、気の毒そうな顔をしてくれる。
 話を進めよう。タカダ君がバイトとして入ってきてから2ヵ月ほど経ったある日、「話がある」と言われ、勤務後にコンビニの駐車場に呼び出された。私の教え方がまずいからと言って説教でもされるのかと思ったが、彼の口から出てきた言葉は「付き合ってください」だった。そしてその手を差し出してきた。つまり握手を求めてきているということだ。私は嬉しい想いと戸惑いで混乱し、どうしていいかわからなかった。そんなとき、なぜそんなことを思ったのか、このタカダ君が差し出してきている手は雑菌だらけだということだった。一度思ってしまうと、私はその考えから抜け出すことはできない。雑菌、雑菌という2文字がグルグルと頭の中を駆け巡り、いま自分がどういう状況にいるのか把握することが困難になった。そんなまるで過呼吸のようになっている私を見て、タカダ君は「緊張しているの。大丈夫だから」と言って手を近づけてきた。私は思わず「雑菌! 雑菌!」と叫んでしまった。タカダ君はザッキンという単語がよくわからなかったのか、「は? は?」と大声で何度も聞き返してきた。