リッスン味のキャンディ

 専門家たちが誰もが首をかしげた2012年の大ヒット商品。それが、「リッスン味のキャンディ」だ。このキャンディは「Listen」、つまり耳で味を聴くことができるというコピーのもと、2012年2月から売り出された。CMのキャラクターをつとめたのは、絶対音感を持っていることで有名なタレント、小柴直美。彼女が画面に向かって「シーッ」と口に指をあて、そっと目をつぶったままキャンディを一口放り込む。そのまま無言で12秒が経過し、その間に視聴者たちにどんな味がするんだろう?と想像させる内容だった。
 小柴直美という透明感あるタレントを器用したこともよかったが、なんといっても人々の心をつかんだのは、耳で味を聴くキャンディとはどのようなものか?と期待を煽ったことに尽きるだろう。このCMが初めて流れてから1週間も経たないうちに、日本全国のコンビニやスーパーでは在庫切れに。次いで通販でも売り切れとなり、ネットのオークションではたった100円のキャンディに数万円の値がつくほどだった。
 当時の喧騒をチェンジホリック社長・長野仁はこう語る。「いや、びっくりしましたよ。うちの商品が売り切れだなんて。この商品は、企画部のかぶき者として知られる一人の問題社員が立ち上げたもので、幹部社員たちは“耳で聴くキャンディなんて、わけがわからないから無理だ”として反対したのですが、僕はなんとなくい面白そうな気がして企画にゴーを出したんですよね。まあ物好きが買ってくれるといいなあとは考えていたんですが、まさかこんなにブームになるなんてね。ビジネスって本当に面白いね」
 さらに、この商品の優れていた点は、全く味のしないキャンディだったということだ。まさに言葉の通り、無味無臭。人々はおそらく人生で初めてとなる味のないキャンディを口に入れ、その味が耳から聞こえてくるのを待った。するとそれぞれの耳に違う味が聞こえてきて、ネットには大論争が巻き起こる。
「俺はモツァレラチーズの味がしたね」
「それはリッスン味が何たるかをわかっていない証拠だよ。僕は味噌田楽の味しかしなかった」
「みんな本当に味が聞こえてるの? 私はジョルジオ・モロダー的なシンセベースのブリブリした音が聞こえてきたわ」
「シンセベースってwww  味が聞こえるわけないだろう。おまえらメーカーの戦略に騙されすぎ」
「私は耳鼻咽喉科で働く、耳の専門家ですが、明らかに味が聞こえてきました。素人は口を出さないように」
 かくゆう筆者もご多分にもれず、何度かこのキャンディを味わってみたことがあるが、確かに毎回違う味が聞こえてきた。時にはももクロの5人が仲良くユニゾンしているようなワチャワチャした味、時にはエグザイルの浅黒い男性諸君が耳元でハーモニーをしているようなエロティックな味、時には森進一が何十年かけて熟成してきたしゃがれ声のような茶渋のごとき味。
 いまだかつて100円のお菓子がこのような大論争を巻き起こしたことがあったか、否だろう。この騒動はやがて教育界や政界を巻き込む騒動になり、チェンジホリック社は「聴覚と味覚を混乱させて日本人の三半規管を崩壊させ、国家転覆を狙っているのではないか」というテロ説まで流れた。PTAは子供にリッスン味のキャンディを食べさせないようにする運動を起こし、チェンジホリック社の社長は国会の証人喚問にさえ呼ばれた。
 結局、社長が逮捕されるまでには至らなかったが、国は同商品に規制をかけ始めた。18歳未満は両親の許可なしでは購入してはならないという法律だ。しかしそのお陰で、逆に若年層の購買意欲が加速し、さらに売り上げが伸びるという結果につながってしまう。現在もまだ、同商品の売り上げの増加はとどまることを知らないが、おそらくあと数年も経たないうちに違法となるのでないかと法律家は語っている。
 何よりも、我々日本人という人種は元来臆病に出来ているため、よくわからないもの、自分の感覚で受け止めきれないものに恐怖するようにできているらしい。最初は面白がって持ち上げたものの、その正体がミステリーに彩られるにつれて、ヒステリックに必死に同商品を規制しようという動きを見ていると、そうとしか思えない。
 チェンジホリック社の広報によると、同商品の企画を提出したという前述の問題社員は今は会社を辞め、剃刀で自らの腕に「4REAL」と刻み込んだままインドに失踪してしまったとか。彼が何を思ってこの商品を企画し、この騒動をどう受け止めているのか。私はジャーナリスト生命を賭けてでも、なんとしても彼を探し出して聞かなくてはならないと思う。